夜間走行のライト点灯マナー

ライトをつけて走るバイク

走り屋たちが共有したパッシングの暗号

夜の峠道や高速道路において、ヘッドライトは単に前方を照らすための道具ではない。それは、暗闇の中で他車と意思疎通を図るための唯一にして最大のコミュニケーションツールである。

特に、かつての走り屋たちの間では、パッシングやウインカーの点滅パターンに独自の意味を持たせ、複雑な情報をやり取りする文化が根付いていた。
声の届かない車同士が、一瞬の光の明滅で意志を伝え合う様は、ある種の暗号のようでもあった。

最も象徴的なのが、バトルの開始や終了を告げる合図としてのパッシングである。
先行車に対して後続車がパッシングを行う場合、それは道を譲れという威嚇の意味だけでなく、俺の方が速いからバトルをしようという挑戦状の意味を含むことがあった。

逆に、先行車がハザードランプを点滅させて減速すれば、受けて立つあるいは今は戦わないという返答になる。
このやり取りは、公道という特殊な環境下で、無用なトラブルや事故を避けるために自然発生的に生まれたルールでもあった。

単なる挑発行為と誤解されがちだが、そこには走る者同士の最低限の礼儀と、阿吽の呼吸が存在していたのである。

対向車と後続車への意思表示

対向車へのパッシングは警告のサイン

夜の山道ですれ違う対向車が、突如としてパッシングをしてくることがある。
自分がハイビームのまま走っていたなら眩しいから下げろという抗議の意味だが、ロービームで走行しているにもかかわらずパッシングされた場合、それはこの先に何かあるという警告のメッセージであることが多い。

走り屋たちの間で共有されていたのは、この先で警察が取り締まりをしているぞという情報の伝達であった。
同じ道を走るドライバー同士の奇妙な連帯感から生まれたこの合図は、速度超過を未然に防ぎ、免許を守るための重要なライフラインとなっていた。

また、取り締まり以外にも、事故車両が停まっている、土砂崩れや倒木がある、動物が飛び出しているといった、物理的な危険を知らせるサインとしても機能する。
対向車からのパッシングを受けたら、まずはアクセルを緩め、何が起きても対応できる態勢を整えるのが鉄則である。

道を譲る際のマナーとサンキューハザード

自分よりも明らかにペースの速い車やバイクに後ろにつかれた場合、意地を張ってブロックするのは危険極まりない行為である。
速やかに道を譲るのが、安全かつスマートなドライバーの嗜みだ。

意思表示の方法としては、直線の見通しの良い場所で左ウインカーを出して減速し、車体を左側に寄せるのが一般的である。
これにより後続車は抜いても良いという合図を受け取り、スムーズに追い越していくことができる。

そして、道を譲ってもらった側は、追い越した直後にハザードランプを2〜3回点滅させる、いわゆるサンキューハザードでお礼を伝える。あるいは、窓から手を軽く上げて挨拶をする場合も。
こうした一瞬の気遣いが、殺伐としがちな夜の道路に秩序をもたらしていたのである。

幻惑させない配慮。夜間走行における基本のライトマナー

独自のルールが存在するとはいえ、基本となるのは道路交通法に基づいた安全なライト運用である。
夜間走行の原則はハイビームであり、街灯の少ない峠道ではハイビームで遠くの視界を確保することが安全運転の基本となる。

しかし、対向車や先行車がいる場合は、こまめにロービームに切り替えなければならない。
強力なハイビームを浴びせ続けることは、相手の視界を奪い、重大な事故を引き起こす原因となるからだ。

特に、カスタムによって光軸がずれていたり、極端に明るいHIDやLEDバルブに交換していたりする車両は、ロービームであっても相手を幻惑させてしまうことがあるため、光軸調整には細心の注意が必要である。

かつては信号待ちなどで停車する際、対向車への配慮としてヘッドライトを消灯する慣習もあったが、現在は安全のため点けたまま、ロービームで待つのが基本マナーだ。
消灯すると自車の存在が周囲から見えにくくなるだけでなく、発進時の再点灯忘れによる無灯火走行のリスクも高まってしまう。

近年の新型車はオートライト機能が義務化されており、停車中も自動で点灯し続ける仕様が標準となっている。

光は自らの視界を確保するだけでなく、周囲に自分の存在と意志を伝えるメッセージだ。
独りよがりな照射ではなく、周囲への配慮を持ったライトコントロールこそが、真に速く、安全なドライバーの条件と言えるだろう。